王座戦本選(1999)
蘇耀国六段(当時)(白) 対 治勲九段(当時)(黒) 黒175手まで、黒中押し勝ち

(株)チャイニーズドラゴン新報社のご好意により、同社の「チャイニーズドラゴン」週刊紙上の蘇耀国七段の「私の一手」より転載。囲碁界の若きホープ蘇耀国七段の対戦相手とのエピソードを織り込んだ棋譜をお楽しみください。

今回紹介するこの対局は、99年に行ったもので、僕に少年時代の様々な出来事を思い出させてくれる一局です。12年前、僕は日本棋院の寮生でした。当時は趙治勲先生が週3回寮で研究会を開いていました。多くの若手棋士も先生に憧れ、はるばる寮のあった幕張まで来て、参加していました。その年に来日し、棋院の寮生になった僕も、研究会に参加させてもらいました。当時、まだ子供だった僕は、研究会そのものよりも先生のお子さん達や拓ちゃん(山田拓自六段)と、道場で歌を歌ったり、研究中の他の棋士の周りを走り回っていました。ある時あまりにも騒ぎ過ぎたので、先生は自分の息子さんを指差して、高尾先生(高尾紳路七段)に言いました。「ちょっとあいつを殴って来い」。これには、高尾先生も困った顔をしていました。僕は来日したてで日本語は全く分からなかったので、同年代の友人の会話から習得していました。そのため先生に対しても友人と話す言葉遣いで「こいつ」と呼んでしまって、周りはびっくり。その呼び方は違うと言われ、何となく察した僕は「じゃあ<これは>かな?」と言いました。先生はそれを聞いて苦笑し、「もっと日本語を教えなさい」と皆に言いました。今回の対局は趙先生にお世話になった感謝の気持ちを込めて精一杯力を出し、恩返しする気持ちで打ちました。

先日、用事があり日本棋院に行きました。そのついでに6階を覗いてみたら、「週間碁」の企画で、五段以下、昨年30勝以上であることが出場条件という若手対象のGYトーナメントが行われていました。「昔はこういう企画があったら、必ず出ていたのに」最近はこういったことが多いです。自分はもう若手じゃないという自覚はありましたが、やっぱり、少し悲しくなります。日本では、若手は気軽に、あまり勝ち負けにこだわらずに、ガンガン行くべきといわれます。でも、韓国では、もう全然違いますね。入段して1年目のルーキでも、タイトルを取ってしまいます。そのいい例がイ・チャンホ、そしてパク・ヨンフンです。彼はなんと16才で、韓国の現天元でもあります。自分も一人の棋士として考えると、落ち込みます。富士通杯、三星杯など最近の世界戦でも、日本はほとんど勝つことがないです。先月行われた囲碁アジアカップでは、日本チームは1勝9敗と惨敗。一方、韓国は全勝優勝を果たしました。韓国と中国の碁はもう日本を遥かに超えているという人も大勢います。これから日本の棋士には、世界戦でもっと頑張って欲しいです。当然自分も頑張って日本を代表する棋士になりたいです。

先日、ある焼鳥屋で、山田拓自六段と食事をしました。その時、「もしも、お互い囲碁棋士にならなかったら、どうゆう職業をやっていただろう」という話になりました。僕は直ぐにこう答えました。「きっと自由な人間になっていると思うよ、好きなことをする」。すると、山田六段に「おいおい、働かないのか。それじゃ無職と一緒だぞ」といわれてしまいました。「じゃあ、通訳をする、中国で日本人観光客のガイドかな」。「いや、君は話すのはいいけど、人の話には聞く耳を持たない人だから。おまけに耳が遠いし、ガイドは無理だね」。「じゃあ、拓ちゃんはなんの仕事をするんだ?」。「サラリーマンかな。月収25万くらい貰って、ひっそりした生活がいいね。もちろん家にはテレビを置かない」(ちなみに山田六段は今でも自宅にテレビを置いていません)。でも、山田六段は口でいうだけで、実際にはできないと思います。一見柔軟そうに見えるけど、実際はめちゃくちゃ頑固で、自分が決めたことは決して意見を曲げないから、上司の命令を素直に聞くとは思えません。やっぱり、二人とも十何年も囲碁の道を進んできたということは、闘争心と誰にも負けたくない気持ちが強いから自己中心になろことも多くて、プロ以外の世界ではやっていけなさそうという結論に達しました。

先日、山田拓自六段と回転寿司に行きました。僕の地元の店だったので、責任を持って人気のものを沢山勧めました。「紋甲イカはいいよ、安くておいしいよ。あとはアジとカツオも時期だから、うまいよ」。山田六段は喜んで、僕の勧めたネタを全部注文しました。「で、蘇君は何を食べるの?」。「僕はやっぱり大トロとウニを2つずつかな」。山田君はそれを聞いて、笑って言いました。「蘇君はいつもそうだよな。人には安いものをいっぱい勧めて、自分はしっかり一番高い物を頼むよね。それってよくないと思うよ」。僕も笑って言いました「気を遣ったつもりだったんだけどな」。「蘇君って、いつも人に厳しくて自分に甘いよね。碁とかでも、人にはプロ棋士だから、辛くても沢山時間をかけてに勉強するべきだ、とか色々言って、自分はしたい時しかやらない。それって、よくないよ」。いわれてみれば確かにその通りだな・・・。とはいっても、いきなり直すのは大変なので少しずつ頑張ろうと思います。拓ちゃん、いつも僕の欠点を教えてくれてありがとう。

最近の僕は碁の調子が悪いので、手合いで負け続けています。勝っていた頃はよく、パソコンで碁が打てるパンダネットに入り、碁の勉強をしていましたが、負けるとすぐ現実から逃げようとして、パソコンをつけても麻雀の打てる東風荘に入って遊んでいます。いけないと思いつつ、あと少し・・・と、気がついたらビックリするくらいの時間帯になることもしばしば。悪循環です。碁に勝って勉強に励むのは誰でも出来ることですが、負けても前向きな気持ちで碁を頑張れば、もっと良い成績が期待できるのですが・・・。

5月10日金曜日朝9時半、僕は黒滝正憲七段に誘われ、杉本明七段、林子淵五段と東京ドーム前に集合しました。伝統の一戦「阪神ー巨人戦」を見るために我々の戦いは試合開始時刻の8時間半前から始まりました。午後4時過ぎ、待ち待った入場です。朝から待っていた甲斐あって、阪神側の外野席はガラガラでした。が、よく見るとなんと9割以上の座席の上に隣のJRA馬券売り場で配られているマークシートが置いてあり、席が先取りされていました。試合は期待通りの大接戦。隣にいた林君が、周りの阪神ファンと六甲おろしを熱唱し、調子に乗り過ぎて、やや暴走気味だったのが心配でした。試合後4人が話した感想は、「野球に対する思いの半分でも碁への情熱を傾ければ、4人共もっと強くなっているかな」。
尊敬するする趙先生と打てただけで幸せですが、やはり負けると悔しいです。次回から、基本の発想について僕のお奨めの打ち方を紹介する新連載「蘇耀国七段の初段への道」が始まります。宜しくお願いします。

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