2003年11月23日(日)
於:横浜エクセルホテル東急

新人王祝賀パーティ

----蘇七段おめでとう!!----

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もろもろ記

◆1991年9月に、弱冠、12歳で来日して以来、ホームシックに泣いた少年時代を乗り越え、親友の張本因坊に先を越されたとはいえ、一流棋士への登竜門といわれる新人王を獲得できたことは、本人の努力に加えて、蘇少年を今日まで身近に応援されてきたご両親、敖先生、富田忠夫先生、岡信光先生、福地孝前後援会長、・・・・、大先輩棋士の林海峯先生、趙治勲先生、・・・・などなど、多くの方々の励ましがあったからと思います。特に、亡くなられた富田忠夫先生、福地前後援会長は天国でよくやったとうなずいておられることでしょう。

◆蘇七段は新人王戦を前に、親友の張本因坊に勝っての決勝進出であり張君のためにも是非優勝したいと言っていました。そして立派に優勝されました。でも優勝の弁は「新人王になることはできましたが、二局とも反省の多い碁で、自分の未熟さを痛感しました。もっともっと勉強しなくてはいけないと思っています」(GoWorld12月号より)。一流棋士への心構えはすでにできているようです。

◆後援会による初タイトル獲得祝賀パーティが2003年11月23日(日)横浜エクセルホテル東急で開かれ、敖先生、岡信光先生、田原靖史六段、後援会会員、ファン、およそ50人ほどが集まりました。田原六段は蘇七段とは院生時代を共に過ごした間柄で、GoWorld12月号の「この道を行く」のシリーズで、田原六段は以下のように蘇七段のエピソードを紹介されています。
)会話の部分を抜粋していますので正確な意味の流れは本文を参照してください。

「僕は彼が来た時は院生のトップクラスで、入段できるかできないかぐらいの所だったんですね。で、蘇くんが日本に来た時に”一局打ってみろ”ということのなって、相当強いとは聞いていたんですが、”まあ向先ぐらいなんだろうな”と思っていたんです。しかし結果は僕の三目半負け、本当にビックリしました。その時の印象はといえば、彼は12歳の少年ですから、普通は一直線に戦ってきますよね。それなのに全然違うんですよ。すごく柔軟で大人の碁、まったく僕に無いものを持っていて、当時から僕と互角でした。”とんでもないものが来た”と思ったものです」

「ちょっと優しすぎる面があって、それが微妙に勝ちに繋がらない印象があるんです」

「だから僕が思うのは”趙治勲先生の幼少の頃が、あんな感じだったんじゃないか”ということなんです。もちろん僕は趙先生の子供時代を知らないいんですが、書かれたりしたものを読んだりすると、蘇くんとイメージが重なって仕方が無い」

僕に一番最初になついたんです。とにかく生意気で、誰にでも突っかかって行くから、イジメられたというほどではないにせよ、みんなからボコボコにされる。僕はまあ優しい部類だったから、すぐになついて、ちょこちょこと後をついてくる感じで・・・・。それとさっきの”蘇くんは優しすぎる”という話に戻るんですが、彼が一度、僕に相談しにきたことがあるんです。その内容はというと”僕が勝つとみんな怒っちゃう。検討も無しで、すぐ石を片付けて席を立っちゃう。それがとても嫌なんだけど、僕も負けるわけにいかない。僕は一体どうしたらいい? 参ったなと思いましたね。”なんでこんな小さな子が、こんなことを考えるんだろう?”と・・・・。それでも”そんなこと考えちゃ駄目だ。相手のことはどうでもいいから、一生懸命に碁を打ちなさい”とは答えたんですが・・・・。またこの話には続きがあって、蘇くんは、”でも久保さん(久保秀夫五段のこと)だけには本気で勝ちに行く”と言うんですよ。理由を尋ねると”久保さんは負けると感情まる出しで、財布とか投げてくるから面白いから”と・・・・(笑)」

「そう、そのかわいさとか優しさが、今もまったく変わっていないのが嬉しいんです。ただネコみたいに付きまとってくる、あの可愛さがなくなっちゃったのは残念ですけど・・・・(笑)」

◆蘇七段のエピソードは心当たりがあります。昔、入段して間もないころ、蘇耀国会の研修会は温泉研修会が多くありました。夜遅くまで碁を打っても、先輩の布団を敷いてあげる気遣いももっていました。小さい頃からみんなの励ましに応えようと優しさも育まれたのかもしれません。

◆蘇七段は、ここのホームページにも転載しましたようにエッセイ付きの棋譜解説という新しいジャンルを開いたように思います。読まれた方はお分かりのように日本語の文章表現も同年代の若者以上に上手です。上述の優しさも随所に現われていると思います。数年前にTVまんがの”筋肉マン”の歌に、”強くなければ生きていけない、優しくなければ生きる資格が無い”といった趣旨のコマーシャルソングが流れていました。優しさも強さへの源泉になることも確かだと思います。

故福地前会長に黙祷

今回特に、最初の里親としてご足労された川井先生の発声で、故福地前会長に一分間の黙祷。当時、校長先生をされていた川井先生からエピソードのご紹介、当初は泣いてばかりだったので中国の人に手伝いに来てもらったり、中国の6年生の蘇少年は手続上、千葉市の西小5年生に編入、クラスでは正しい日本語を覚えてもらうため”君”、”僕”に統一するなどの工夫、中国では算数はトップだっただけに理解できたようです等々。碁については、新聞に載ること、テレビに出ること、トーナメントの頂上に立つことの三つを目標に頑張ってほしいことを話し、今、それを実現しつつあることを述べられた。


記念対局

熱戦譜をご覧ください。

蘇耀国七段 : 山口雄三七段(当会) 4子 打ち掛け

連碁
雅也くんの第1着に始まり、雅也くんの最終着でしめくくった全員参加の一局でした。田原六段の形勢判断などを織り交ぜながら楽しい一時でした。


写真集

インデックス写真をクリックすると拡大写真が表示されます。

定型になってきた受付風景。↓ お子様料理に夢中。そのうち碁にも夢中になって! ↓
開会を待つ前の笑談。キロママ・サイトからのお友達の応援団も駆けつけてくれました。感謝!! ↓ 蘇会の初期からのベテラン会員。↓
なかなか現われない蘇七段。。。
定刻通リ会場に向かっていたのに、うっかり会場を間違えて中華街へ行ってしまったらしい。↓
蘇会の若手会員。↓
とりあえず、新川会長の開会の挨拶。蘇君は最近、夜、家に電話すると出るようになった。本当に勉強しているようですと近況を紹介されました。↓ キロママ・サイトのお友達勢ぞろい。↓
蘇七段の先生である敖先生は、蘇君は2、3年足踏みしたけれど、張さんに刺激されて勉強、新人王を取れてよかった。大器晩成型なので今後が楽しみ。「歳月人を待たず」、今後も精進してほしい、と挨拶されました。↓ 劇中劇。カメラマンの松田さんは習字の師範で、演壇の太字は松田さんの作品。↓
岡先生は、棋院に才能のある人は一杯いる。タイトル獲得はたいへん。中国から日本へ見えないところでお世話になった人がたくさんいる。才能があって努力すれば大成する、張君は食事、睡眠以外は碁盤の前にいたと言われているなどを話された。↓ 蘇七段の4子の指導碁を無事終えて、田原六段と入魂の山口さん。↓
55分遅れで到着し、すっかり平身低頭お詫びを述べる蘇七段。↓ 何の話で盛り上がっているのだろう? ↓
親友の先輩である田原六段から是非引き続いて応援してあげてくださいのご挨拶がありました。↓ 三人寄れば? ↓
全員そろって、安藤さんが乾杯の音頭。安藤さんの会社には蘇二段の時の写真が貼ってあり、”将来有望”と書いてある。それが現実になった。欲を言えば、300万円より4000万円をとろうとの言葉に会場は爆笑。↓ 敖先生を占有?、許せない! ↓
ここでも平身低頭。↓ 連語の第一着を打ち、最後の恥ずかしくない一着を打つために岡先生励まされている雅也くん。↓
山口さんとの記念対局は時間がなくなったので大盤に直接打つこととなった。岡先生の当意即妙の解説に爆笑が続く。 ↓ πの記憶術で有名な友寄先生と敖先生、絵になる! ↓
張ファンは、そのまま蘇ファン。→↑ 最後は2次会で乾杯! この後、若者達は正真正銘の最後の乾杯をしたようです。



本のご紹介

新川会長からも敖先生の翻訳本の紹介がありました。みなさん、内容は掛け値なしにとてもユニークです。是非、買ってみて敖先生の印税収入にご協力ください。

・タイトル: 「囲碁 孫子の兵法」----孫子の兵法になぞって囲碁の戦略を説いたものです
・著者:  馬暁春九段(中国のプロ棋士)
・翻訳:  敖敖立てぃん四段
・定価:  1800円
・出版:  誠文堂新光社


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